大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和30年(け)4号 決定

申立人 被告人 菊田一

弁護人 原田香留夫

主文

本件各異議を棄却する。

理由

本件異議の理由は末尾添付の異議の理由に記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

異議の理由第一、二点について

記録上本件被告事件について当裁判所第一部裁判長判事伏見正保、同判事村木友市、同判事石見勝四が昭和三〇年四月一五日並びに同年五月二三日、同部裁判長判事村木友市、同判事松本冬樹、同判事石見勝四が同年六月二九日被告人に対する各勾留更新決定をしたこと、弁護人原田香留夫が同年三月二五日の本件被告事件の公判期日において裁判長判事伏見正保、判事村木友市、判事石見勝四全員忌避の申立をし、同公判期日において刑事訴訟規則第一一条により訴訟手続が停止せられたこと及び該忌避申立につき未だ決定がなされていないことは、所論指摘のとおりである。

しかし、裁判官が事件について当然その職務の執行から除斥される場合は刑事訴訟法第二〇条各号に規定して限定せられるところであつて、裁判官が忌避を申立てられたことが除斥原因とならないことは同条に照らし明白である。しかしてまた、裁判官が被告事件について不公平な実体的裁判をする虞があるとして忌避の申立があつた場合刑事訴訟規則第一一条によつて停止せられる訴訟手続はその被告事件の実体的裁判への到達を目的とする本案の訴訟手続であつて、該事件の公判手続における被告人の出頭を保障し、あるいは被告人の罪証隠滅を防止する等刑罰権の存否を確定する実体的な審判手続に対し副次的目的を有するに過ぎない被告人に対する勾留更新手続はこれを含まないものと解すべきところ、記録によると右忌避申立理由は要するに前記三裁判官が本件被告事件について不公平な実体的裁判をする虞があるというにあるから、叙上の訴訟手続の停止は本件被告事件についての被告人に対する勾留更新決定に及ばないものとなすべく、未だ右忌避申立が理由あるものとする決定が確定しない現手続段階においては忌避を申立てられた前記裁判官が該忌避申立後の被告人に対する勾留更新決定に関与するも違法ではない。なお、論旨は右各勾留更新決定が憲法第三七条第一項第七六条第三項に違反する旨主張するが、記録を精査するも右各勾留更新決定に所論の憲法違反のかどありとは認められない。以上論旨は理由がない。

同第三点について

記録上昭和二九年三月二九日当裁判所第四部裁判長判事柳田躬則、同判事尾坂貞治、同判事石見勝四が本件被告事件について広島地方裁判所がした保釈却下決定に対する抗告を棄却する決定をしたこと及び右判事石見勝四が本件被告事件について昭和三〇年一月一二日当裁判所がした被告人に対する勾留更新決定に関与していることは、所論のとおりである。

しかし、同一被告事件においても保釈却下決定に対する抗告は勾留更新決定の前審たる関係にないから、右判事石見勝四が前記保釈却下決定に対する抗告事件に関与したことを以て同判事に右勾留更新決定につき刑事訴訟法第二〇条第七号の「裁判官が事件について前審の裁判の基礎となつた取調に関与したとき」に該当する除斥原因ありと主張する所論は、その前提において失当である。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四二八条第四二六条に従い主文のとおり決定する。

(裁判長判事 柴原八一 判事 尾坂貞治 判事 池田章)

異議の理由

第一点被告人に対する窃盗被告事件につき昭和三十年四月十五日及び同年五月二十六日附勾留更新決定がありましたが、右決定に関与した三裁判官は、すでに忌避を申立ているので訴訟手続から当然除斥される裁判官が関与し決定しているので訴訟法の違反があると思料されるので原決定を取消し即時釈放の手続を求めます。裁判長裁判官伏見正保、同村木友市、及び同石見勝四はいずれも不公平な裁判をする虞れがある理由で昭和三十年三月二十五日公判期日に弁護人原田香留夫より忌避を申立られ被告人も同意し、弁護人からは忌避の理由及び疎明の陳述書も提出されているが忌避の決定がないので当然前記三裁判官所属の裁判所で審理を仰いでいるものと思います。一応右決定(忌避申立決定)があるまでは、前記三裁判官は当然その職務から除斥される筈である、それにも拘わらず、本勾留更新決定をしたのは明らかに訴訟法上の手続に違反し、被告人の基本的人権を不当に侵害されたものと言わなければならない。尚裁判長裁判官伏見正保は忌避申立をした公判廷に於て裁判官全員忌避されたのでこの決定があるまでは訴訟手続は停止される旨を被告人に告知した事などを綜合すれば右違法は自然明らかになるので本決定を取消仰ぎ即時釈放の手続を執つて頂き度く右申述に及んだ次第であります。

第二点被告人に対する窃盗被告事件につき、昭和三十年六月六日付で勾留更新決定に対する異議申立を行つていますが、此の異議決定を仰がずして、更に同年六月二十九日忌避裁判官二名を含む裁判所構成で勾留の更新が決定されたので先に異議申立した事項に併せて御審理の程をお願い致します。本勾留更新は憲法第三十七条一項に定める公平な裁判の構成とは言えない。その理由は最高裁判所大法廷判例(昭和二十三年五月二十六日判決)に「憲法第三十七条第一項の公平な裁判所の裁判とは、偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつ裁判所による裁判を意味するものである」との趣旨の判決をしているが、被告人は弁護人を通じて昭和三十年三月二十五日偏頗な不公平な裁判をする虞れがあるので忌避を申立ている者であります。その忌避の決定もない上は、三裁判官の偏頗や不公平な裁判をする虞れが解除されたものとは思はれない。要は納得の行く裁判を求めるものであります。長期勾留、あるいは精神的肉体的情況判断で公平な裁判所の裁判官であれば当然申請に依る保釈或は職権に依る保釈が許されたかも知れない状態である故に、本勾留更新を決定した裁判所は憲法第三十七条一項及び第七十六条三項の「すべて裁判官は、その良心に従い、独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」という条項違反に該当するものであると思はれる。本件の様な矛盾した裁判は裁判官がその良心にしたがつたとは申し上げられません被告人のお願いする処は迅速で納得の行く公平な裁判をお願い致したいと思います。

第三点被告人に対する窃盗被告事件で勾留更新決定があり、これに対して不服があるので、異議の申立をしている者でありますが、更に左の如く補充致しますから併せて御審理仰ぎ度い。忌避した三裁判官の中、裁判官石見勝四は原審に於て保釈却下決定を受け、この取消を仰ぎ保釈許可を願い度い旨の抗告を申立たのにつき、昭和二十九年三月二十九日広島高等裁判所第四部裁判長裁判官柳田躬則、裁判官尾坂貞治、裁判官石見勝四関与の上左の如く却下決定をし「広島地方裁判所より取寄にかかる一件記録を調査するに本件被告人に対する窃盗被告事件は、数次の追起訴及び他庁よりの移送のものなど六件を併合したものであつて(広島地方裁判所昭和二七年(わ)第八九五号、同庁同年(わ)第八九六号、同庁同年(わ)第一一七七号、同庁昭和二八年(わ)第八号、同庁同年(わ)第一二四号、同庁同年(わ)第四三六号事件の併合事件)その犯行回数も単独又は他と共謀のものを併せ合計九六回にも上る多数のものであるが、被告人は公判廷において右犯行を否認し種々弁解しているので審理は難渋を極め、すでに十八回も公判を開き、証拠調等を行つたがなお審理継続中のものであること、被告人はすでに窃盗前科三犯(原審は二犯と認定している)を有し、本件も右の回数等の点からして常習として犯したものと認められる案件であること、被告人は本件勾留中昭和二八年五月一六日厭世自殺の目的で割箸五本及び長さ十五糎位幅二糎位の硝子破片七個を嚥下したと称しこれが開腹手術を理由として勾留執行停止の申請をしたけれども右は虚偽と認められ却下された事実のあること及び当裁判所の照会に対する広島拘置所長回答の被告人に対する診断書の記載によれば被告人は拘禁に堪えない状態のものでないことなどが認められ、以上の経過等に徴するときは、被告人にはなお勾留の理由及び必要は消滅せず且つ権利保釈も許さるべき場合ではないのみならず本件は勾留による拘禁が不当に長くなつたものともいえないから、被告人の保釈請求を却下した原決定は相当であつて、本件抗告はその理由がないものといわねばならない」との理由にもとずき、なお勾留は継続中のものでありますが、原決定の裁判の基礎となつた取調に関与した裁判官石見勝四は当然本勾留更新決定の裁判からも除斥される原因があるに拘わらず、昭和三十年一月二日勾留更新決定以降の更新にすべて関与しているので、明らかに予断、不公平な裁判をなすは明白であり、又法令の違反があるので、本勾留更新は昭和三十年一月一二日にさかのぼり無効であり、憲法に定める法律の定める手続によらずしてその自由を奪われているので即時釈放を求める次第であります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例